船団丸とは

手間暇を惜しまず、
海の恵みを新鮮なまま、
消費者の皆様にお届けする。
We spare no effort to bring
forth the fresh bounty of the sea
to all consumers.

2010年山口県萩市萩大島からスタートした「萩大島船団丸」。
「日本船団丸」は、現在、全国7カ所の漁師たちが手を取り合うプロジェクトです。
獲れたての魚を船上で下処理、漁港から消費者のもとへ自家出荷。
そんな船団丸の魚たちは目が澄んでいます。
2021年からは加工事業も本格的に開始。
化学調味料や保存料は使用していません。
新鮮でからだに優しく、調理しやすいお魚もつくり始めました。
「船団丸」には北は北海道、南は九州まで、さまざまなお魚が集結。
一番の味付けである手間を惜しまず、お手当を施し、そして完成する「味」と「新鮮さ」を
みなさまの食卓にお届けします。
In 2010, “Hagi Oshima Sendan Maru” began in Hagi, Yamaguchi prefecture.
“Japan Sendan Maru” is currently a project that unites fishers in 7 parts of Japan.
Freshly caught fish is prepared on board the ships and sent directly to consumers from the port.
The fish caught by Sendan Maru have clear eyes.
From 2021 we began secondary food processing in earnest.
We do not use chemical seasonings or preservatives.
We began making fresh, healthy, easy-to-cook fish.
“Sendan Maru” catches fish from northern Hokkaido all the way to Kyushu in the south.
We put our utmost into seasoning and preparing the fish to bring the finished “taste” and “freshness” to your table.

船団丸のサービス
SERVICE

船上からお魚を最短ルートで
お届けするオンライン市場

船団丸は漁獲高低迷、経費高騰、地域の衰退をなんとかしたいと考えた山口県の萩大島の漁師たちが、漁業と日本の食文化を守るために6次産業化に挑戦したのが始まりです。

6次産業化とは、1次・2次・3次それぞれの産業を融合させた新しい産業です。船団丸では漁師自らが魚を箱詰めし、日本で一番美味しく新鮮なお魚を届けるべく自家出荷に取り組んでいます。釣ったばかりのお魚を漁師が船上で活き〆にした後、丁寧に箱詰めし、通常では市場や販売業者を経由して数日がかりでお客様のもとへ届くところを、漁師だからこそ実現できる船上からの独自ルートで最短8時間でお届けします。

萩大島の旋網船団は立ち上がり2010年から六次産業化への取り組みを始め、2011年には農林水産省から6次産業化の認定をうけました。
現在ではコロナ禍の影響を受けつつも、日本各地から漁師たちが集まり6ブランド9産地まで展開しています。
集合写真

船団丸が始まった
小さなきっかけ

ひとりの女性と漁師の
偶然の出会い
始まりは2009年12月、山口県・萩市。船団丸の代表である 坪内知佳(つぼうち ちか)は当時23歳。 2歳になる男の子を育てるシングルマザーでした。結婚を機に山口県に移り住みましたが、ほどなく離婚。 全く馴染みのない土地で定職もなく翻訳の仕事や旅館の仲居などをして、なんとか生計を立てていました。
そんなある日、仲居の仕事中に偶然接客したのが長岡でした。長岡は漁師で、萩大島の第八新生丸の船主と船団長を務めていました。坪内が企画やコンサルも行っていると話すと、長岡は名刺を作ってくれと小さな依頼をしました。そこから「漁業の未来の仕事を手伝ってほしい」という依頼に発展し、坪内と長岡ら漁師による新たな挑戦が始まるのでした。
萩の漁業が抱える問題
萩の漁業は大きな問題を抱えていました。
それは1人当たりの漁獲量は減っているのに対し、魚を獲るコストは年々上がり続けている問題です。漁師たちの売り上げが減れば漁師の数も減り日本の漁業そのものが衰退していってしまうのです。
漁師たちはこの状況の中で売り上げを伸ばすことができるような画期的な方法をもとめていました。
坪内の決意
坪内は島の人々と触れ合ううち「この島なら笑顔で生きていける!勇気がわいてくる」と感じるようになり、そして、小さい頃からアレルギーに悩んできた坪内にとって、自然の恵みである天然ものの魚はかけがいのない宝物のように感じられました。
魚を獲る人がいなくなれば、私たちは魚を食べることができなくなると漁業の衰退を目の当たりにした坪内はこの人たちを守りたいと強く思いました。
新たな価値を見出す
六次産業化へ
水産業のことを何も知らなかった坪内は1年をかけて漁業のリサーチを行いました。そして、農林水産省が推進する新しい政策を知ります。それが「六次産業化」でした。六次産業とは生産者が加工から流通までを行うことで中間手数料をそのまま利益にする取り組みです。坪内はすぐさま事業計画書を作成し、漁師たちに見せました。漁師たちはこの計画書を喜びましたが、漁業協同組合からは強く反対を受けます。
島の漁師たちは、船の購入資金の融資、また漁に関係する巻き網、燃料、氷なども漁協が管理したものを使います。漁協と対立することは死活問題でした。六次産業化を実現するためには既存の流通システムを変え、漁師と漁協のどちらも損をしない方法を考えなければならなかったのです。
ひとり勝ちしない
新しいビジネスのカタチ
それでも坪内はあきらめず、新しい事業計画書を作りました。
漁獲量の大半を占めるアジとサバはこれまで通り漁協に水揚げし、出荷してもらう代わりに、その時、一緒に網にかかるが通常は売れないスズキやマダイなどの他の魚は漁師が消費者に直接販売しても良いというもの。 加えて、そこで得た売り上げの一部を手数料として漁協に支払うと約束し、漁師も利益をあげ、漁協も利益が上がる、ひとり勝ちしない新しいビジネスを提案しました。
流通システム
萩大島船団丸が誕生
そこから坪内は長岡ら漁師たちと任意団体『萩大島船団丸』を設立しました。 代表者は長岡のはずでしたが「難しいことはよう分からん」という彼の一言で、坪内が代表に就任することに。
『萩大島船団丸』は独自の付加価値を付けて魚の価値を高めて販売しはじめました。漁師が直接やらないと本当の意味で六次産業にはならないと、漁師自ら魚を捌き出荷をおこないました。全ては新鮮で日本一美味しいお魚を消費者のもとに届けるため、慣れないない出荷作業や事務作業にも向き合いました。
集合写真
坪内と漁師たちの
軋轢
魚を獲ることしかしてこなかった漁師ゆえに、慣れない出荷作業や事務仕事、お客様対応にトラブルが続出。時には顧客と言い争いになることもあり5台あった携帯電話が鳴りやまない時もありました。
漁師たちが慣れない仕事に頭を抱える中、次第に坪内は現場に顔を出さなくなりました。すると漁師たちは坪内に対し疑心暗鬼になりだし、ついには彼女を追い出してしまう大げんかに発展しました。ですが、そんな時も坪内は県外まで六次産業化の勉強に向かっていました。また坪内は現場にいない間に飛び込み営業に行っていました。そして半年で新規20店を開拓した事実を知ると、陰で「小娘が!」と揶揄していた坪内が自分たちにとってなくてはならない存在になっていたことに気づくのでした。
本当の六次産業化
船団が誕生してから1年がたつ頃には、漁師自らがスーツを着込み営業も行うようになっていました。
六次産業化成功への鍵は漁師自らが様々な業務に挑戦することだと感じた坪内は自らの業務を漁師たちに割り振り、そして2年が経つ頃には、若い漁師を迎えるまでに事業は安定しました。
何かしたいけど何もできなかった漁師たちは、よそ者扱いしていた坪内の一生懸命さに惹かれ、着実に変わっていったのです。
魚を獲るだけが仕事の彼らでしたが、今では実際に料理をする人を見て、魚を食べるお客様の事を想うようになりました。タバコを吸いながら仕事をするのが当たり前な業界でしたが完全禁煙になり、魚を大切に扱い、品質に気を遣うまでになったのです。
船団丸の新しい挑戦
漁師が漁に出るのは、365日中60日から70日ほど。悪天候などの影響もありますが、「海の資源を守るため」というのが大きな理由です。1回の漁獲量が減ってるため収入も不安定な漁師は、なり手不足も深刻な問題の1つです。船団丸はこれ解決するためにも新しい形の漁師の仕事を創ろうとしています。
2014年、鮮魚販売部門、旅行部門、環境部門、コンサルティング部門という4つの事業部を増やし、「株式会社GHIBLI(ギブリ)」を設立しました。
その中で生まれた「スタディーツアー」は漁場で漁師がどのように魚を獲っているのか、漁場は今、どんな環境なのかを消費者に少しでも知ってもらうためのツアーで、他地域の漁師や漁協関係者、議員たちが参加して話を聞きにきます。
船団丸は新しい船の旅へまた一歩踏み出そうとしています。
限りある資源、減っている資源だからこそ、大事に扱いどう守るのか。自分さえ良ければではなく、お客様のために、仲間のために大事にできて、みんなで守っていけて、よくなったものが消費者のみなさんの口に入っていく。そういう大きな流れをつくっていきたいと思っています。